「油山[あぶらやま]」その名の由来

「油山[あぶらやま]」その名の由来
今から1400年以上も昔、西暦572年に中国の清賀上人(せいがしょうにん)という僧が日本に渡ってきました。
清賀上人は荒津の港(今の西公園のあたり)に上陸し、油山の中腹に登りました。
この頃は、今の西公園と平和台の間から油山のふもとのあたりまで海岸線が広がり、この入江は「草香江[くさがえ]」と呼ばれていました。
清賀上人は油山に茂っているツバキの幹で千手観音像を3体彫り、1体を雷山観音に、1体を西区小田[こた]の観音へ、1体を油山に安置し、正覚寺[しょうかくじ]を開きました。
そして、油山にたくさん生えていたツバキの実から油を搾って灯火に使うことを人々に教えました。
これが「油山」の名の由来になったと言われています。
なお、ツバキの実から油を絞ったのではなく、胡麻を育ててその実から搾った、という説もあります。
[油山自然観察センター資料より]